子どもとつくるバレエの未来(前編)

宮崎市内から車で30分。海岸線沿いに車を走らせ、山あいの細い道を抜けていくと、宮崎市立青島中学校が、遠く緑の合間に見えてきます。

今日ここまでやって来たのは、国文祭・芸文祭みやざき2020さきがけプログラム「みやざき洋舞フェスティバル2020」の練習を見学するため。会場である体育館の外で開始を待っていると、髪をきちんと結い上げた女の子たち、背筋のピンと伸びた男の子たちが、気持ちの良い挨拶と共に玄関をくぐっていきます。見ているだけで、なんだかこちらまで背筋が伸びるような気持ちです。

しばらくその様子を眺めていると、ひときわ通る声で『おはようございます! 今日はよろしくお願いします』と声をかけていただきました。彼らの指導者でもある、「マスダモダンバレエアート」の益田陽子先生です。挨拶を済ませて体育館へ入ると、フロアの掃除が始まっていました。子どもたちがキュッキュッと音を立ててモップがけをしている中、益田さんご自身のことについて話を伺いました。

練習が大嫌いだった学生時代

「マスダモダンバレエアート」は1949年に創立された、歴史あるバレエ教室。益田さんのおじいさまの代から、現在3代目です。益田さんご自身も『生活にバレエがあるのが当然』という環境で育ち、3歳にはバレエを始められたとのこと。しかしそれからここまで、一つの道を歩んできたわけではなく、高校を卒業してからしばらくの間は、様々な葛藤があったそうです。

「高校を出て、声優を目指していたんです。踊ることは好きだったのですが、その頃はとにかく練習が苦手で…18歳で宮崎をでて、福岡で一年間声優の勉強をしていました。19歳の時に千葉に引っ越して、それから9年前まではずっと千葉に住んでいたんです。千葉でも声優養成学校に通ったり、オーディションを受けたりもしていたのですが、なかなか難しくて…アルバイトをしながらコスプレをしたり、バンドの追っかけをしたりひたすら好きなことを追いかけていましたね。でもその頃ハマっていたコスプレなんかも、今思えば衣装や小道具作りに役立っています。モダンバレエは音楽や振りつけや衣装、全部いちから考えないといけないので、そこが面白いところでもあるんですよね」

益田さんがダンスの魅力を改めて感じたのは、バレエとは縁遠そうにも思える”ディズニーランドのパレード”を見たことがきっかけでした。「ダンスでこれだけ多くの人を笑顔にできるのって、すごい」大きな感銘を受けた益田さんは、18歳から、1度は逃げ腰になっていたバレエの世界へ、舞い戻ってきます。バレエ教室などの手伝いで宮崎へ滞在する期間も少しずつ長くなり、東日本大震災の後、完全に千葉から宮崎へ生活の拠点を戻しました。

しかし10年以上のブランクを経て、他のジャンルではなく、バレエを選んだ理由はなんだったのでしょう? 「他のダンスをしてみようとは思わなかったのですか?」 と質問してみると、踊っている人たちにしか分からない、バレエの奥深い魅力について語ってくれました。

制約があるからこそおもしろい

「昔からお芝居も好きで、役者か声優か、どちらを目指すか迷った時がありました。その時も、”声だけで表現する”という制約に面白みを感じたんですよね。それだけで表現できるってすごくない? って。バレエも同じなんです。ディズニーランドのダンサーさんでも、ジャズやバレエの基本がしっかり身についていないと難しいし、子どもたちに教えているコンテンポラリーダンスも、クラシックの基礎がしっかりできた上でないと、学校の体育でやる創作ダンスの域を出ることができない。だからこそ、やっぱり戻るならバレエかなと」

ダンスは、セリフのない表現

音楽、歌、アート、デザイン 何かを表現するための方法は星の数ほどあるけれど、体一つでここまで人を惹きつけるパフォーマンスができるのは、確かにダンスだけかもしれません。益田さんには東京にも師匠がいて、コンテンポラリーダンスに興味を持ち始めたのは、その方がきっかけでした。初めて出演したコンテンポラリーダンスの公演で、バレエとはちがう自由な振り付けや体の動きに惹きつけられていきます。クラシックバレエ、モダンバレエ、コンテンポラリーダンスと、それぞれ別物のようにも思えますが、全てバレエで学ぶしっかりとした基礎があるからこそ、より良いパフォーマンスを生み出せるのだそうです。続けて益田さんはこう話してくれました。

「ダンスは、セリフのない表現。セリフのないお芝居だと思っています。クラシックバレエの基本は白鳥の湖やジゼル(バレエ作品名)など決まった振付けのものが多いんです。ただ、今回の洋舞フェスティバルで公演する創作バレエはそうじゃない。だからこそおもしろい。やりがいがあるのかなって」

後編へ続きます